2017年02月21日

漢方薬番号の欠番は何? 欠番によって起きる混乱

漢方薬番号には欠番がある!

前回の記事では、お医者さんから処方される漢方薬にはそれぞれ番号がついていて、処方時に混乱しないようになっているから便利、という話をしました。ツムラの処方薬ではさらにパッケージの色による区別もつけられていて、漢方薬番号の下一桁によってパッケージの色も異なるため、患者さんが番号をうろ覚えの状態になっている場合でも、色を訊ねることによって誤処方を回避できます。

この漢方薬番号、100種類以上ある番号の内に使われていない番号、つまり欠番があるということはご存知でしょうか。つまり記憶をたよりに番号で処方薬を指定しても、「その番号の薬は無いですよ」とお医者さんに言われてしまうケースもあるのです。

漢方薬の欠番は、縁起が悪そうなもの

そもそも漢方薬の番号を決定したのが株式会社ツムラという1893年創業の古い会社ですから、患者さんにとって縁起の悪そうな番号は避けよう、という配慮をしたのも頷けましょう。実際に欠番となっているのは、4番、42番、44番、49番、94番などの死(4)や苦(9)が入る数字と、13番(キリスト教の縁起の悪い数字)。19(逝く)番とか、33(散々)番とかは避けなくてよいのか、と疑問を持ちますが(笑)、番号の実用と縁起に対する配慮を天秤にかけての措置なのでしょう。

その他の欠番としては、129番から132番までの4つの番号が使われていません。こちらは理由が判らないのですが、133番が大承気湯であるのに対して小承気湯が無いので、もしかしたら欠番のうち1つは小承気湯であったのかもしれません。

ツムラの欠番は、他社と完全一致していない!

漢方薬番号を決めた親玉がツムラですから、ツムラの欠番についても他社が追随して漢方薬を発売すれば問題は起こりません。ところがカネボウが母体となったメーカーのクラシエなどは、縁起の悪い欠番についておおむねは追随しながらも、ツムラが欠番にしている一部の番号に薬を対応させて販売しています。たとえばクラシエの13番には三黄瀉心湯があてられています(ツムラでは113番)。また、49番についてもクラシエでは加味帰脾湯があてられています(ツムラでは137番)。このような細かい不整合があるので、お医者さんが全く何も考えずに番号だけで漢方薬を処方できるという状況には、なってないと言うべきでしょうね(さいわいクラシエの113番と137番は現在の所使われていないので、番号で指定して全くあべこべの薬が出てくるという状況にはなっていません)。

漢方薬番号に実は完全対応しない部分があるなんて、名探偵コナンのトリックにでもなりそうな雑学ですが(笑)、人の健康をあずかる分野であるだけに、混乱しそうな要素については早めに解決してもらいたいものですね。

posted by 医食同源入門 at 20:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 漢方入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

漢方薬には番号がある!番号を決めたのは誰?

漢方薬の種類は番号で把握できる!

お医者さんで漢方薬の処方をされたことがある方にはおなじみですが、漢方薬には種類ごとに決められた番号がついています。たとえば葛根湯ならば1番、安中散ならば5番、といった感じに。漢方薬が入った袋に少し大きめの表示で数字が書かれているので、薬を受け取った人は漢方薬の難しめな名前を記憶していなくても、番号を伝えるだけで次回処方時にも同じものを貰うことができます。

この番号は漢方薬メーカーが異なる場合にも、基本的には共通しています。そもそもお医者さんの処方間違いを避ける目的あって便宜的につけられた番号ですので、A社の5番がB社の5番と異なった薬を指す…なんてことになったら余計に混乱を引き起こしてしまいます。たとえ漢方の知識をもったお医者さんでも、100種類以上にもなる漢方薬の似通った名前を覚えて一切間違えずに処方するのは大変なことなのです。

漢方薬の番号は株式会社ツムラが決めた

この漢方薬の番号は、政府機関や医療団体の鶴の一声で決定したものではなく、漢方薬の大手である株式会社ツムラが最初に決めて他の会社がそれにならっているということです。そしてツムラがどのように漢方薬の順番を決めたかというと、ただの厚生労働省に申請した順番であると言われています。つまり今後新しい漢方薬が登場しても、ツムラの意向を無視して番号がつくことはないのではないかと。ただ、漢方の新薬開発については途方もない時間がかかるものなので、10も20もの番号が勝手に振り分けされて各社で混乱を引き起こすといった事態にはならないのではないかと思います。

あくまで処方薬の話。一般用漢方製剤は名前で判断しましょう

ここまで番号分類があると説明してきたのは、あくまで処方薬の話です。薬局などで売られている葛根湯エキスなど一般製剤については、名称によって成分や効果を判断しましょう。

posted by 医食同源入門 at 17:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 漢方入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2014年05月28日

「髪は血余である」ってどういう意味?

「髪は血余である」って本当にある言葉?

最近はあまり見なくなりましたが、かつて育毛剤のCMで、「髪は漢方医学で血の余り、血余と呼ばれる」というキャッチが流されていました。
髪が体内を流れる血の変化したものであるというのは、現代の知識から見てなんとも独創的な考え方です。こういった言葉が漢方医学の考え方に本当に存在するとすれば、漢方医学が頓珍漢なことを言っているような気がしてきます。あるいは、このCMを作った会社の完全な作り話ということになるのでしょうか?

漢方医学の「血」は、西洋医学の「血液」ではない

この言葉は、実際に漢方医学の聖典と言われる『本草備要』に書かれています。また、『本草備要』は同時に、「髪は腎の華」とも言っています。なにやら難しくなってきました。
頓珍漢に聞こえるのは、漢方医学の「血」という概念が西洋医学の「血液」には対応していないからです。「血」は栄養を体内に循環させ老廃物を体の外に出すという仕組みそのものを指し示しており、「血液」もそれには含まれますが、その他に「体液」なども含んだシステムが、この言葉の意味ということになります。したがって、「血余」が意味するのは、体内の循環システムが正常に働いているという状態のことです。

髪は「腎」の華

もう一つの言葉、「髪は腎の華」という方も大事です。「腎」というのも西洋医学の「腎臓」のみを表すのではなく、「腎臓」を含んだ他に泌尿器官、生殖器官なども含んだシステムです。これが衰えてくると、体の成長力が衰え、見た目の老化現象となります。したがって、髪は「腎」の華という言葉が表すものも自明ですね。髪は「腎」のバロメーターでもあるということです。

漢方医学では体はシステムの集まり

このように、漢方医学での体の捉え方は興味深いものです。それどころか、漢方医学のうたう人体のシステムには人間の精神も含まれます。西洋医学では内科でも外科でもなく精神科に足を運ばなければならない症状でも、漢方では取り扱ってくれるのですね。
漢方医学と西洋医学の根本的な違いが医食同源(薬食同源)の概念にも繋がりますので、頭に入れておいて損は無いでしょう。

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2014年04月10日

「生薬」とは何か

風邪薬のCMなどで、「生薬」という言葉を良く聞くのではないでしょうか。なんとなく、効き目がありそうな響きのある言葉ですが、ちゃんとした定義があります。
「生薬」というのは、西洋医学などで用いられる、薬効成分のみを精製した薬とは異なり、成分の含まれる植物・動物等をそのまま体内に取り込む形で服用する薬のことです。

生薬は必ずしも生き物でなくても良い

さて、「生薬」の中には、動物や植物だけでなく、鉱物も含まれます。「生薬」という言葉の響きからすると、生きている(もしくは生きていた)ものでないといけないような気がしますが、そういう意味で「生薬」という言葉があるわけではありません。それでも、「生薬」全体からすれば、鉱物の割合は非常に少なく、石膏や芒硝などの数種類にとどまります。

生薬と漢方薬は同じか

「生薬」と似た範囲を示す言葉に、「漢方薬」というものがあります。実際に「生薬」と「漢方薬」が同じものを指し示しているという状況は多いのですが、「漢方薬」はあくまで漢方医学の薬です。それに対して生薬というのは、漢方医学で認められないものについても、生薬のカテゴリになることがあります。

生薬はどうやって摂取するの?

「生薬」が原材料そのままの薬であるならば、殆ど生薬の摂取というのは食事と変わりないではないかと思われるかもしれません。通常、生薬を摂取する際には乾燥させて細かく砕くなど、摂取し易い形にします。また、その分量についても、きちんとした知識が必要です。生の原料を丸かじりしてそれで終わりとはなりません。
また、生薬の全てが食事として美味しくいただけるものというわけではないので(笑)、薬研などの専用の道具を使って、美味しくないものでもなんとか摂取できる形態にします。

posted by 医食同源入門 at 20:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 医食同源入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2014年03月31日

医食同源という言葉のはじまり

「医食同源」という言葉には、薬膳や中医学といった、中国の長い歴史によって培われた知恵のイメージがあります。
けれども、本当はこの言葉が生まれたのは日本、しかもわずか40年程前に造語された言葉だというから、驚きです。

この言葉を作ったのは、NHKの料理番組『きょうの料理』に出演していた新居裕久先生。中国に古くから伝わる、「薬食同源」という考え方/言葉をもじって、より現代に即した単語にしたのだとか。現在ではこの言葉が中国にも逆輸入されているということですから、よほどキャッチフレーズとして優れたものであったということでしょう。

中医学における薬食同源の意味は、薬膳の考え方を定める根本的なものです。食が体にもたらす影響を把握し、体が悪いときにはそれを改善する食事をする(「食療」)、健康であるときには、病気を予防するための食事を続ける(「食養」)という二本柱を持ちます。そして、薬食同源に基づいて作られる食事が、「薬膳」ということになりますね。

「薬食同源」が「医食同源」になった大きな理由は、「薬」という言葉が処方薬のようなイメージを呼び起こし、家庭でも実践できる心構えというイメージからかけ離れていたからでしょう。
現在では「医食同源」という言葉が、西洋医学の処方薬に依存することない病気治療・予防のキャッチフレーズとして使われることもあります。「薬食同源」ではこううまく使われることはなかったであろうと思わずにはいられません。

posted by 医食同源入門 at 23:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 医食同源入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする